東京のお台場で22年間ウインドサーフィンの施設EHUKAI BEACHを経営。
成尾 均 東京都出身
学生の時は山をやっていて山岳クラブのデポ隊(登山サポーター)の手伝いもやっていました。その時に雪崩に遭って仲間五人が亡くなりました。それでがっくりきて山をやる気をなくしていた時にTEDにいた館野と知り合いサーフィンを始めました。それがサーフィンとの最初の出会いでしたね。
大学の時にTEDのライダー。
21才の時には勝浦の松部に家を借りて毎日サーフィンをしていました。新島の都知事杯に1回目から出て3位に入賞し、23才の時にハレイワでやっていたマーボーロイヤルで優勝した。ハワイに一年あまり行っていて帰ってきたら、土木関係の仕事をしている親父からそろそろ仕事をしろと言われた。そのとき一部上場会社に就職は決まっていたけれど、どうしてもサーフィンしたいから1年だけサーフィンをやらせてくれって家を出ちゃった。で、またハワイに行って人生がガラッと変わった。帰ってきたらプカシェルが大ブームで30本ほど持って帰った物をアメ横のショップが現金で買ってくれ、それが商売の始まりかな。
25歳で大井町にキッドサーフというショップを開いた。
その頃はサーフィンが右肩上がりの時代だったから結構忙しかった。僕のところから分かれてショップを始めたのが何人かいる。サーフィン人口が100万人に増えるまではすごいブームで暴走族がボルトでボードを屋根に止めて走っていたり、僕が16才の頃は青春の登竜門みたいに一回はサーフィンやらないといけないようなそんな時代だった。だからルールも何もなく一つのダンパーの波に何十人と乗っちゃうような飽和状態のブームが続いた。でも突然ガタガタとブームが去っていった。今はウインド人口が30万人、サーフィンは80
万人くらいかな。
ウインドがロサンゼルスのオリンピックの種目に。
どんどん下から若手が出てきて、自分がプロとして出来なくなった頃、そろそろウインドでも始めようかと考えるようになっていった。丁度ウインドがロサンゼルスのオリンピックの種目にとりあげられて流行ってきた。でも俺は初めウインドを馬鹿にしていたの、ただ乗ってさ水の上を走るだけじゃないかって。でも湘南や房総の仲間もみんなウインドをやっていて、僕も阿出川さんに教えてもらって少し乗れるようになった。始めは全然乗り方が解らなくて時間が掛かったけど、それを越えると面白さがわかってくるんだよね。
フィリピンでビーチリゾートをオープン。
その後知り合いの松沢さんがフィリピンでゴルフ場を造るって話を聞いて、仲間とみんなで遊びに行ったんです。そしたらそこにはレギュラーの良い波まで入っていた。みんなで相談して資金を集め3万坪の敷地に10棟のコテージとレストランのあるプラランビーチリゾート始めたんですよ。谷になっていて水源はあるしいい波は入ってくるし、サーフマガジンの編集長とかプロサーファーが来て、みんな最高だよと言ってくれた。でもマルコスが亡命して情勢が危なくなってきたから、三年でそこを放置して日本に帰ってきたんです。
お台場にウインドの施設をオープン。
その頃にたまたま寄った台場は、周りに建物はなく海を挟んだ正面に東京タワーが見えて海の科学館があるだけ、海にウインドがばんばん走っていて、東京のど真ん中にこんな所が有るのかって驚いた。22年前鈴木都知事がその台場にウインドの施設を造るって聞いて、知り合いのツテでその施設が借りられてウインドの仕事を本格的に始めた。タイミングだね。他の人が先に始めても不思議はなかったけどホントにタイミングが合ったんだね。フィリピンでリゾートをやっていなかったらそんな感覚は無かったと思う。その当時の台場は海上に50艇以上がいて,砂浜には100艇以上のウインドが置いてあるという状況。すごいメッカだったからね。12年前から周りに商業施設やビルが建って以来あまり風が入らなくなった。ここも22年だから歴史があるよね。
若い子供には道具が大きいから、車がないと移動できないし大変なスポーツだけど、カヌーとウインドと両方を楽しめる場所が台場にあるんだから、近くの学校の授業にしようと話を進めているところなんだ。小さい子供に水遊びの場所を提供したいと思っている。
サーフィンやるなら一からやり直す。
みんなからサーフィンをやれやれって言われ、知人主催のオールドマンコンテストに行った時、シンガの頭位の波にゲッティングってこんなに辛かったっけって思った。不細工なところを見せたくなかったからコンテストには出ず、上がって酒飲んでいた(笑い)。サーフィンやるならゼロからやり直したい、中途半端はやりたくない。アラモアナで昔見かけた風景だけれど、白髪頭の爺さんが波を見てパッと海に入っていく、良い生活だよ。東京湾でもそういう波が立っていたら僕もああなっている。サーフィンの後のクリアーで何もない感覚、そんな感じのスポーツは他には無いよね。
●次回は桜井喜夫さんを予定しています。 ショートボードに乗っている現役で一番古いサーファー。錦糸町に住んで、毎週末はシンガの家でサーフィンをしている。
|